五島列島(上五島&福江島)
世界文化遺産 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
2泊3日

【旅行期日】
令和3年10月 日( )~ 日( )

【旅行代金】
00,000円

ツアー日程

期日 工程 食事
1日目
●/●
(●)
各地
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博多駅 10:32
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佐世保駅 12:34 *新幹線~特急みどり
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佐世保港 13:45
上五島/有川港 16:20 *九州商船
有川港
上五島(宿泊)18:00
朝食×
昼食〇
夕食〇
2日目
●/●
(●)
ホテル
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浄土宗専念寺又は曹洞宗常楽寺上五島⇒島内観光 10:30~14:30
海童神社
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友住石畳
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頭ヶ島天主堂
キリシタン墓地
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あくび岩
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龍馬ゆかりの地・龍馬像
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ライオン島
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黒崎園地公園
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蛤浜海水浴場
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青砂ヶ浦天主堂
上五島/奈良尾港 15:20
福江島 15:50 *九州商船
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福江島(宿泊)18:00

頭ヶ島天主堂

1軒をのぞいて皆キリシタンだったという頭ヶ島。五島崩れの時、信徒は牢から全員逃げ出して島を離れ、迫害が終わってからこの地に戻ってきた。頭ヶ島天主堂は、鉄川与助の設計施工によって建設され、近くの石を切り出して、1917年に完成し、2年後の1919年にコンパス司教により祝別・献堂されました。2001年に国の重要文化財に指定。世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産に指定。

朝食〇
昼食〇
夕食〇
3日目
●/●
(●)
ホテル *マイクロバス
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福江島⇒島内観光 8:30~12:30
堂崎教会
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魚津ケ崎(遣唐使寄泊地)
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真言宗大寳寺(西高野山)
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真言宗明星院
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鬼岳
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福江港(昼食)

船&JRプラン

福江島港 13:40
長崎港 15:05 *九州商船
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長崎駅 15:46
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博多駅 17:52
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各地 *特急かもめ~山陽新幹線

航空機プラン

福江島港 14:05
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長崎空港 14:35 *ANA4676
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長崎空港
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各地
朝食〇
昼食〇
夕食×

遣唐使船と福江島(五島列島)

630年から894の間に、日本から唐に派遣された公式の使節のことです。およそ20回任命されましたが、そのうち、実際に渡唐したのは16回でした。遣唐使船には、大使・副使とその随員以外にも、通訳・医師・留学生・学問僧たち、船を操る船長や漕ぎ手たちと、1隻に120人ほど乗っていました。はじめのころは、1隻か2隻の帆船で渡海しましたが、8世紀にはいると4隻となり、多い時は一行全員で500~600名にもなりました。遣唐使船の大きさは長さが30m、幅7~8m、帆柱2本で平底箱型。鉄釘はほとんど用いず、平板をつぎあわせて造ってありました。そのため波切りが悪く、不安定で、強風や波浪に弱いという欠点がありました。また、航期や航路をあやまることが多く、遭難する船が少なくなかったのです。なお、近年では遭難の最大の原因は、定員オーバーや積載オーバーではなかったかとみられています。

唐への航路は、はじめ朝鮮半島沿いに渡海し、山東半島に上陸して唐の都・長安に向かう北路をとりましたが、朝鮮半島にあった新羅との関係が悪化した8世紀以後は東シナ海を横断して、揚子江の河口付近に上陸し、長安に向かう南路(五島列島:福江島が最後の日本寄港地)をとるようになりました。遣唐使船は無風や逆風の際は帆をおろし、櫓を用いたので多数の漕ぎ手を乗せており、また漂着した場所での安全を守るため、同じく多数の射手を乗せていました。 こうした多くの危険があるにもかかわらず、派遣される人物には、貴族の子弟のすぐれた人物が選ばれ、留学生や学問僧も、傑出した人材が選ばれました。そのため入唐経験者のなかには、帰国後にわが国の政治や文化に、かけがえのない役割をはたした最澄・空海(共に第18次遣唐使)といった人物が多くみられます。

遣唐使が帰国の際に伴ってきた鑑真をはじめとする多くのすぐれた渡来人や文物は、わが国の政治や文化の発達に大きく貢献しました。現在まで伝えられている日本文化の基底は、この遣唐使船に乗っていった人々や、その人々がもたらした文物によって築かれたといっても、言い過ぎではありません。

真言宗大寶寺(真言宗)

701年に来朝した中国僧道融が、上陸地として最初であった大宝の浜におきまして、当時地区の住民により奉られていた笹海(さざめ)の観音院をうつしたのが由来とされ、その後、 持統天皇(645年~703年)により勅願寺とされたという。 その後、第18次遣唐使(804~805年)と共に入唐していた弘法大師空海が、帰朝の際に大宝の浜に上陸し、 大寶寺に滞在していた間に真言宗に改宗したといわれ、「西の高野山」と称されるようになった。

真言宗明星寺(真言宗)

中国からの帰路に立ち寄った弘法大師空海が明星院に虚空蔵菩薩が安置してあると聞き赴き、虚空蔵求聞持法にて真言を100万回唱え終えた日の未明、明けの明星(金星)から凄まじい光が差すのを見て「中国で収めた密教が今後の日本の済世利民に役立つ事の仏の証明を頂いた」として大変お喜びになり、この寺を「明星院」と名づけたと言います。五島では最も古くからある寺院で空海により真言宗へ改宗し、五島列島の大半を治めた福江藩の祈願寺とさて栄えました。

世界遺産 [長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産]

禁教時代の長崎と天草地方において,既存の社会・宗教とも共生しつつ信仰を密かに継続した「潜伏キリシタン」の伝統を物語る稀有な物証です。潜伏キリシタンの文化的伝統が形成される契機となる出来事が考古学的に明らかにされている原城跡,潜伏キリシタンが密かに信仰を維持するために様々な形態で他の宗教と共生を行った集落(平戸の聖地と集落・天草の﨑津集落・外海の出津集落・外海の大野集落),信仰組織を維持するために移住を行った離島部の集落(黒島の集落・野崎島の集落跡・頭ヶ島の集落・久賀島の集落・奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)),潜伏キリシタンの伝統が終焉を迎える契機となった出来事が起こり,各地の潜伏キリシタン集落と関わった大浦天主堂から構成されています。

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